「姫様、これをどうぞ」

「えっ!?これどうしたの?」

「村の方に頂いたんですよ。姫様、確かお好きでしたよね?」

クリフトから手渡されたのは、一輪の向日葵。
アリーナは、向日葵が大好きだった。真っ直ぐ太陽に向かうその姿が逞しくて、格好いいとずっと思っていた。
それをみんなに言うと、いつも「アリーナらしい」と言われ、それがすごく嬉しかった。

「私が向日葵好きなこと、知ってたんだね」

「それは姫様とずっと一緒にいたからですよ。あの頃の姫様は今以上におてんばで・・・」

「む、昔の話はいいわよ!」

顔を赤らめながら向日葵の花びらに顔を隠すアリーナを見て、クリフトは微笑んだ。クリフトの脳裏に今映るのは、アリーナの小さい頃。いたずらばかりを繰り返して、王様やメイド、兵士たちを困らせていた。サランに神官の修行にクリフトが訪れたとき、アリーナはまだ8歳だった。

 

「あの頃に・・・戻れたら・・・」

「ん?何か言った、クリフト?」

「・・・いえ、何もございませんよ。お気になさらずに」

クリフトはまた少しだけ笑った。でもその笑顔は・・・どこか寂しそうだった。アリーナは首を傾げた。

 

 

21.仲間の絆

 「あの洞窟には『かわきの石』というものがなければ入れんよ」

「か・・・かわきの石ですってぇぇぇ!?」

トルネコが絶叫を上げる。みんなは思わず耳を塞いだ。

「か、かわきの石・・・!どんな効果があったのかは知りませんが聞いたことがあります!ももも、猛烈に欲しいですな・・・!それでヒルタン商人!それはどこに!?」

トルネコは誰よりも興味津々でヒルタン老人に尋ねていた。

 

ミントスに訪れていた俺達はさっそく、アイテムのことに詳しそうなヒルタン老人を訪ねた。ヒルタン老人は相変わらず元気に商人になりたがっている人のために講師になって授業をしていた。ホフマンも自分で町をつくり、元気にやっているそうだ。

トルネコの尋ねに対して、ヒルタン老人は髭を摩りながら視線を宙に彷徨わせた。

「どこじゃったかの・・・?確か海が見える村か何かじゃったんじゃが・・・海辺の村というところだったかの、確か」

それを聞いて、俺達はすぐに袋から世界地図を取り出した。海の見える場所に、村・・・。

 

「あっ!ここじゃないですか?」

ミネアが嬉しそうな顔で、世界地図のある場所を人差し指で指す。そこには確かに海があり、大陸の端に村の絵があった。

「おお!そこじゃそこじゃ、確かそんなところじゃったよ!」

ヒルタン老人は思い出してスッキリ、といった顔で手を叩く。これでどこに行けばいいのかわかった。

「よし!早速いくぞ!」

「ああ、待ちなされ」

みんなに合図を出した俺の腕を、ヒルタン老人は掴んだ。

 

「おぬしら、世界地図を持ってるんじゃろ?どれ、ちょっと貸しなさい」

ヒルタン老人がそう言うので、俺は何のことかわからずに首をかしげる。

「どれ、ほいっと!」

赤いペンでヒルタン老人は、世界地図に印をつけた。印をつけられた場所は・・・ミントスのすぐ横の、岩山に囲まれた大地。

「ここにはすごいもんがあるぞ。もし行けるなら行ってみなされ。行って損はなかろう」

ふぁっふぁっふぁ、と大きく笑うヒルタン老人の横で、マーニャは目を輝かせていた。

 

 

 

 

「ねえねえ!さっきあのお爺ちゃんが行ってた場所に行きましょうよー!!!」

すっかり嬉しそうな口調でマーニャは気球に乗り込みながら俺に言う。俺達が全員乗ると、気球がふわりと空に舞い上がった。さっきヒルタン老人が行ってた岩山に囲まれた方向に目をやると、赤丸のついたあたりには1本の大きな木がある。

 

「あれは世界樹でござるな。一度だけ城で聞いたことがありますぞ」

そう言うライアンに、みんなはへぇ〜と声を思わず洩らした。

「でもあれ、絶対高いですよね。クリフトさんの高所恐怖症は異常だし、あそこには居ないと思いますよ、アリーナさんたちは」

「仲間探しも大事だけどさー、お宝も大事よ!ねっねっ、いきましょー!!」

目を未だ輝かせているマーニャを俺達は放って、「海辺の村」がある方向へと気球を浮かばせた。

 

「ちょっと・・・無視してんじゃないわよ!!」

マーニャの虚しい叫びが空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫様、そろそろ出発しましょうか」

「ええ、そうね」

宿から荷物を出してきたアリーナたちは、帰る準備をしていた。

 

「なんだかゆっくり休めたわ。本当はいけないことなのに・・・ありがとう、クリフト」

「いえ、姫様にゆっくりしてもらう・・・当然のことをしたまでですよ」

「・・・どうして・・・どうしてクリフトは私にそんなに優しくしてくれるの?」

不思議そうに、でもどこか悲しそうな顔をしてそう尋ねるアリーナの瞳を見て、クリフトは鼓動を大きくした。夕日に照らされる彼女は更に美しく自分の瞳に映り、無償に抱きしめたくなってしまった。

 

「だって・・・私弱いんだよ・・・クリフトが思ってるほど、偉くなんてない」

「そんなことございません!!」

思わず大声でそう叫んだクリフトに、アリーナは驚いたような顔でクリフトを見つめた。

 

「・・・姫様は偉くて、強いお方です。私は・・・私は・・・」

クリフトは真剣な目をしていた。そんなクリフトに、アリーナも少し焦ってしまう。
こんなクリフト、今まで何年も一緒に過ごしてきたけれど見たこともない。

 

「私は・・・そんな姫様だから・・・姫様のことが「クリフト!!!!」

クリフトの背後から、聞きなれた声がする。

 

 

クリフトが振り返ると、そこには怒りに満ち溢れた顔のブライが佇んでいた。

 

「おまえ・・・姫様を連れ出してどういうつもりなんじゃ!?」

ブライはクリフトにつかみかかった。眉間にいつもより更に皺を寄せており、俺は怖くて震え上がった。

「お前のことを信用していたワシがバカじゃったのか!?いくらお前が姫様の護衛であろうと、こんな危険な目に姫様を合わしたワシは絶対にお前のことを許さんぞ!?」

「すみませ・・・」

クリフトは怒り狂うブライに頭を下げた。

 

「まぁまぁ爺さんそんな怒んないでよ」

マーニャはそんな背の低いブライを掴むと、宙に浮かせた。

「なっ!?何するんじゃ話せこの女!!」

「あーあーうるさいわねー。あんたはアッチ行っててよ」

マーニャはそう言うとライアンのほうへブライをほっぽった。

 

「・・・クリフト。どういうつもりなの?」

今までのマーニャの軽さとは思えないくらい、マーニャは真剣な顔でクリフトに問うていた。

「・・・申し訳・・・ございません」

「私たちがどれだけ心配したと思ってるの・・・?本当に・・・今まで苦しかったわよ・・・あんたたちのいない旅は空気が重かったわよ!」

マーニャは涙を流していた。さっきまでヒルタン老人に教えてもらった宝の在りかが気になってそわそわしていたが、今はそんな面影はどこにもない。本当に、心配していたのだろう。

 

「・・・ごめんなさい・・・マーニャ・・・私が悪いの・・・!」

アリーナも瞳を涙で滲ませながら、マーニャに頭を下げた。それを見たブライはまた怒りを心頭させてマーニャたちへと寄ってきた。

「姫様が謝ることはないのですぞ!それもこれもみんなこのクリフトが・・・」

「やめて爺!!」

そう叫んだアリーナに、ブライは口ごもる。

 

「・・・私が・・・私が海を見たいって・・・そんなわがまま言っちゃったから・・・クリフトは私の願いを叶えてくれだだけなの。クリフトは何にも悪くない・・・。みんな悪いのは私なのよ!!」

涙を流しながらそう言うアリーナに、ブライはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「書き置きくらいしていけばよかったのに!」

外が豪雨と雷ですごい中、マーニャは腕を組んで怒っているようだった。
外の天気はまるで俺達の心情を表しているかのようだった。

海辺の村の宿に泊まることになった俺たちは、食堂のテーブルにいた。すっかり会議のような形になってしまっている。アリーナは既に宿屋の部屋に戻り、クリフトは着いていった。

 

 

「まったく・・・クリフトは本当に何を考えておったのか・・・裏切られた気分じゃわい」

ブライはまだご立腹中だ。他にも腹は立てていなくとも心配しているライアンやトルネコ、ミネアもいた。
・・・俺は分からなかった。2人を怒ればいいのか、許せばいいのか・・・。

どうしてこんな騒動が起こってしまったのか。クリフトは本当にアリーナを休ませてあげたかっただけなのか。それとも・・・私情を持ち込んでしまったのか。それだけで全然違うのだ。

 

「勇者様!勇者様のほうからもバシッと言ってくだされ!」

ブライは相も変わらず眉間に皺を寄せて俺にそう言う。が、俺は返答に困った。

「・・・別に・・・怒らなくてもいいんじゃないですかね」

「なに!?」

椅子から立ち上がるブライをなだめるように、ライアンはブライを座らせる。

 

「・・・確かに2人は勝手なことをしました。けど・・・やっぱり、ストレス溜まってたんじゃないですかね」

俺がそう言うと、ブライは目を丸くした。

「そんなの皆同じはずでしょう!マーニャさんもミネアさんも、わしもトルネコさんもライアンさんも!もちろん勇者様・・・いや、勇者様が一番ストレスを抱えておられるのではないのですかな!?」

カッ、と目を血走らせるブライを見て、俺もどうすればいいのか更によくわからなくなった。

 

「確かに・・・そうかもしれない。でも・・・」

俺はその後の言葉が見つからなかった。

きっと二人は・・・想いあっているんだろう。

 

クリフトにしか、本当の心の内を見せなかったアリーナ。そんな二人が、名もない村で2人でいた。きっともう・・・。

 

「・・・すみません、お先に失礼します」

「勇者様!」

「ちょっとソロ!」

「ソロ殿!」

背後から俺を呼ぶ声がたくさんしたが、俺は振り向かなかった。

 

 

俺はどうすればいいのかわからない・・・。
なあ、どうしたらいいんだ?

シンシア・・・。

 

 

 

 

 

「全く、勇者殿は優しすぎるのですよ。あんな奴のことを怒りもしないで・・・」

「ブライさんもちょっと頭を冷やしてください」

そう言ったミネアを、ブライは睨み付けた。ミネアは頭を下げると、どこか一点を見つめた。

 

「ソロさん・・・」

ソロの顔を思い出しながら。

 

今確実に、仲間たちの絆はボロボロになっていっていた。

 

 

 

 

 

俺の部屋へ行く途中、アリーナの部屋の前を通りがかった。中からはアリーナとクリフトの声が聞こえる。

 

「姫様・・・本当に申し訳ございませんでした・・・謝らせてしまって・・・」

「何言ってるのよクリフト。クリフトは私が嬉しくなるようにしてくれたんでしょ?」

アリーナはクリフトをなだめるような優しい声だった。今までそんな声、聞いたことがない。

 

「私ね、嬉しかったんだ・・・。クリフトがあの向日葵をくれた時も、海へ連れて行ってくれたことも」

「姫様・・・ありがとうございます・・・ありがとう・・・ござ・・・」

クリフトのすすり泣く声が聞こえてきた。

 

「ちょっと、泣かないでよクリフト。ほら、笑って笑って!クリフトは何も悪くなんかないんだから、ね?」

「姫様・・・」

クリフトはまだ少し泣いているようだった。俺はそんな二人の会話を、ただ呆然として聞いていた。

 

 

きっとこの何日間かで、二人の仲は更に深まってしまったんだろう。俺の入る隙間なんてきっともうどこにも・・・ない。
俺は壁にもたれかかって、人目を気にすることなく涙を流した。

 

俺はわかったんだ・・・アリーナが、どうしようもなく好きだってことに。
でももう遅い。

俺みたいにひねくれた奴なんかじゃなくて、神に仕えた、まっすぐで誠実な男に・・・アリーナはきっと振りむいてしまったんだろう。

俺の中で、アリーナへの想いが膨れ上がるのと同時に、今までの感情が壊れていくのがわかった気がした。

 

 

逢いたい・・・逢いたいよシンシア。
いや、違う・・・きっと、あの頃に戻りたいだけなんだ。

いつものように朝起きて、お袋の朝ごはんを食べて、剣の鍛錬をして・・・
夕方になればシンシアと話しをして。

また夕飯を食べたら親父と風呂にはいって・・・

ただそんなありきたりな生活が、今ではものすごく幸せに思える。

あの頃に戻りたい。村のみんなと楽しく住んでいたあの頃に。
君と・・・シンシアと笑い合っていたあの頃に。

こんな辛い恋なら、いらない。

 

「・・・ぅ・・・っ・・・」

声を押し殺して、俺は泣いていた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

ミネアは、顔色を変えることなく、泣き崩れるソロを見つめていた。

 

 

 

雨はまだ、激しい。

 

 

 

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あとがき
今回はちょっとシリアスな感じで。
仲間たちの絆が、壊れていく。

・・・悲しいなったら悲しいなぁ(ドルマゲスか

2009.06.25 UP