結婚前夜
「・・・ん・・・・・・」 悩みすぎていたのだろうか、まだ辺りは暗い時間に起きてしまった。 「(僕・・・だいぶ早い時間に起きちゃったんだな)」 眠気も覚めてしまったし、外の空気を吸いにいくことにした。そうすれば考えも少しはまとまるかもしれない。
「あ、さん。こんな夜中に悩み顔でどうしたんだい・・・って、悩むのも無理ないよなーぁ」 どこから話を聞きつけたのか、サラボナの住民の男が話しかけてきた。 「結婚っていやぁ一生の問題だもんな。散歩でもして頭冷やせば考えがまとまるかもしんないぜ」 「(今それをしにきたんだけどな・・・) ありがとうございます」 別れを告げて、またサラボナの街を歩き出す。
港町なので夜は少し冷えた。冷たい海の風は潮の味がほんのちょっとしておいしかった。 「・・・はぁ・・・・・・」 どうしてこんなことになってしまったのだろう。僕はただ、お父さんと・・・まりんと、旅ができていればそれでよかった。もちろんそこにビアンカも加われば言うことなんて何ひとつない。 「結婚」だなんて、自分には無関係なことだとばかり考えていたのだ。
「・・・あ、ココは・・・」 帰ろうと思いふと横にある建物に目をやると、そこはルドマンさん一家の別荘だった。自分の家があるのにもうひとつ家を持つだなんて、貧乏の身からしてみれば有り得ない話だ。 確かここには、今日は一人でビアンカが泊まっている。
「あれ?」 灯りが点いているのが視界に入った。まだ起きているのだろうか・・・。
ピンポーン・・・ おそるおそる、別荘のインターホンを鳴らしてみた。
「・・・はーい」 少し元気のないビアンカの声が返ってきた。 「えーっと・・・僕だよ、だ。夜遅くにごめんね、いいかな?」 「え、? どうぞ」 少し驚いたようなビアンカの表情が目に浮かんで、僕は少し口元を緩ませた。
「、どうしたのこんな時間に」 「目が覚めちゃって・・・散歩してたら電気が点いてたからさ」 「そうなんだ・・・」 ビアンカはふわりと笑った。 ・・・昔の無邪気な笑顔とは、また違う大人の笑顔だった。
「・・・ねぇ。大変なことになっちゃったわね・・・」 「・・・うん」 「まさか結婚候補に入れられるとは思ってもみなかったわ・・・。何だか話の展開が急すぎて、まだ夢を見てるんじゃないかってずっと思ってるのよ」 ビアンカは窓を開けて、外の空気を吸った。外気は冷えるから、僕が風邪を引くよというと「大丈夫」とだけ言ってまた外に視線を戻した。
「あのね、。私のことは気にしないでね」 「え?」 「もちろん、1番はフローラさんだと思うわ。いい花嫁さんになると思うし、フローラさんものことを愛してると思うの。それに・・・の望みだって叶えられるじゃない、天空の盾が手に入るんでしょう?」 「・・・うん・・・」 でもなんだか、それだけの理由で結婚してしまうのは気が引けた。 「は・・・たぶんは、が結婚してしまったら、一緒に旅はしなくなると思う。でもきっとどこかでのこと応援してると思うわ。と同じ目的で、旅をつづけているかもね。まぁその時は私も同伴するけど!」 ふふと笑ったビアンカは、月明かりに照らされていて何だか人が違って見えた。
「私は平気。だから心配しないで、は自分の気持ちに素直に花嫁さんを選ぶといいわ。・・・あ、デボラさん忘れてた」 「あ、僕も忘れてた」
ビアンカにまた、と別れをつげて、僕は宿屋へと戻った。 自室に戻る前に、隣の部屋のドアを見つめた。 ・・・、さすがにもう起きていないだろうな。 「はーいっ」 「!? ぼ、ぼく・・・だけど・・・」 「どうぞー」 まだ起きていたことにビックリした僕は、ドアノブをゆっくりまわした。
「寝れないの?」 「う、うん・・・」 は寝巻き姿で、布団をぐるんぐるんに自分に巻きつけてベッドに座っていた。 「何してるの・・・?」 「え・・・?あ、ちょっと布団が気持ちくて・・・」 らしいと言えばらしいのか・・・は時々ちょっとおかしな行動をとる気がする。
「も寝れないの?」 「え? あー・・・うーん。そういうわけじゃないんだ、本当はすっごい上まぶたと下まぶたが仲良し」 「そ・・・そっか・・・」 「もう鉛のっかってんのかと思うくらいやばい」 なんだか深夜のテンションなのだろうか、の表現がよくわからない。 「じゃあ何で寝ないの?」 「・・・え」 みるみるうちに赤くなっていくの顔。意味がわからなくて、僕はしつこく聞きただす。 「ねえ、なんでなんでなんで?」 「〜〜〜〜!!」 は耐え切れないと言った様子で、くるんでいる布団にまるで亀のようにスポンと顔を入れた。
「なんでってばー?」 「〜〜っ が来るかもしれないなって思ってただけ!!!!」 さらに布団にくるまる力を強め、の姿は完全に見えなくなってしまった。でも、布団をよく見ると小刻みに震えているのがわかる。が急激に照れている顔が、脳内で想像できてしまってとても面白かった。僕はふふふと笑う。
「じゃあ僕も寝るよ。もうこないから、ちゃんと寝るんだよ」 「・・・もうこない・・・よね、そうだよね」 顔だけをだして残念そうにするは、ベッドから立ち上がった僕を上目遣いしてきた。
「・・・!」 「!?」 一瞬、僕は自分でも何をしたのかわからなかった。ただ、気がつけば布団にくるまったが、自分の両腕の中にすっぽりとおさまっていた。
「・・・・・・っ・・・おやすみ・・・」 「おおおっ、おやっ・・・おやしゅみなしゃい!!!!!」 噛み噛みでは僕から逃げるようにして、ベッドに身を投げた。 僕は部屋の電気を消して、ゆっくりドアを閉めた。
僕は自分の部屋に戻って、再度頭の中で4人の花嫁を思い出してみた。
気品があって、尽くしてくれそうなフローラさん。 強気でわがままそうで、でも時には優しそうなデボラさん。 無邪気で、子供っぽくて、笑顔の絶えない幼馴染のビアンカ。 そして、僕が生まれたころからずっと一緒にいる、優しい。
僕は、なんとなくだけれど心の中で最初から答えは決まっていた気がした。
あとがき 2011.01.25 UP |