蘇る思い出
「によ。お前たちがこの手紙を読んでいるということは、何らかの理由で私はお前たちの傍にいないのだろうな」 の声は、優しく、まるでパパスお父さんの気持ちになりきっているかのように、手紙の文章を読んでいた。
「既に知っているかもしれんが、私は邪悪な手にさらわれた妻マーサを救い出す為、まだ小さいお前たちを連れ旅に出た。マーサにはとても不思議な力があった 。私にはよく分からぬが、それは魔界でも通じる能力らしい。たぶん奴らはその能力ゆえに、マーサを魔界に連れ去ったのだろう」 今まで平静を装っていたなのに、こればかりは我慢出来なかったのだろう。
「そこで、。お前たちに頼む。
そこまでで、は読むのをやめて目を手で押さえていた。の膝上には、涙の跡がたくさんあった。その光景を見て、私も泣いてしまった。ゲマがパパスお父さんを殺した日の出来事すべてが、まるで昨日のことのようで。瞼の裏に焼き付いて、離れない。忘れたくても、目を瞑れば思い出してしまう。 自分の愛する人を救おうと旅に出て――自分の愛する子を守って生涯を終えて。どれだけ辛い日々を、あの人は送ってきたんだろう。そう思うと、不思議と涙が止まらなかった。
「・・・続き、読むな」 泣き崩れるの手から、パパスお父さんの手紙を取ったヘンリーは、続きを読み始めた。
「もうひとつ・・・伝えておかなければならないことがある。
そのヘンリーの読み上げた言葉に、は涙を流すのをぴたりと止めた。私は、静かに目を瞑る。
「・・・お前と私が出会ったのは、父親が事故、母親が病気で両親をなくしたが、まだ赤ん坊の時だった。
あぁ、わたしこっちの世界でも、最初は一人だったんだ。しかも、親の死因まで同じで・・・。
「もう二人ともそのときのことを覚えていないかもしれないな。
私は涙が止まらなかった。ヘンリーの読み上げる声も、涙をこらえているような 、少し苦しそうな声だった。 「・・・そっか。と僕は、血が繋がってなかったんだね」 は少し残念そうに呟いた。 「・・・・・・ごめんね、」 「え・・・?」 「私・・・・・・知ってたの。と私が、兄妹じゃないこと」 その私の言葉に、もヘンリーも目を見開いた。言おう。今、言ってしまえばきっと後が楽だから。 「あのね・・・私・・・私、この世界の人間じゃないの」 どんな反応がくるのかが怖くて、私は二人の顔が見えないように俯いて話した。きっと言ったって信じてもらえない。けど、言わないで後悔してしまうくらいなら、してから後悔したほうがいい気がするんだ。 「本当は違う世界の人間なんだ。私の世界で雨の日にベランダから落ちちゃって 、気づいたらこの世界にいて・・・私の世界ではいないはずの兄がだし、生まれた時には死んでしまって会ったこともなかったお父さんは、パパスさんだったし・・・」 私がこっちの世界に来た時の感想や疑問を、一気に二人に話した。親が小さいころに亡くなったこと、今まで一人だったこと、この世界では魔物がいて驚いたこと。・・・でも何故だか、この世界が『ドラゴンクエスト5』というゲームの世界だということと、年齢のことは言えなかった。
「・・・・・・信じてくれないのは・・・わかってるけど、でも「何で?」
・・・はい?と私は思って顔を上げた。
「誰も信じないなんて言ってないじゃないか。僕はが言ったこと、全部信じるよ。だっては嘘つかないって、信じてるもん。だから例え違う世界の人だって、僕はのこと大好きだし妹だと思うし、お父さんと同じようにたった一人しかいない家族だと思うから。がどんな人だって、今までと気持ちは変わらないよ」 の笑顔はすごく優しくて、私は涙がまた次から次へと溢れた。 「お、俺だってのこと信じるよ!がどんな奴だって、いつまでも仲間だぜ!」 「・・・うん、ありがとう・・・っ」 皆、優しいな。こんなにすんなりと信じてくれるなんて思わなかった。信じたとしても、きっと引いちゃうだろうなとも思っていた。疑ってた私が何だか、申し訳なく思ってしまうくらいにみんな優しい。
「・・・旅の目的に、手がかりができたね」 「おぅ。天空の装備を手に入れて、勇者さまを探して、の母さんを探す!」 何年かかるか分からない旅だけど。それでもいい。少しずつでいいから、マーサさんを救いだせる道が切り開けられるなら、それでいいんだ。 「待っててくださいね・・・私のもう一人のお母さん」 私は目を瞑って、元の世界の母の顔を思い浮かべていた。
「えっ、引っ越した!?」 サンタローズに来たのだから、ほぼ隣町と言えるアルカパにも私たちは立ち寄ってみた。ここはきっと、昔と変わらないはず。その願いも、最初は叶っていたのだ。サンタローズのように滅ぼされた訳でもなく、活気のある町の雰囲気は何ひとつ変わっていなかった。変わっているといえば――ダンカン一家がいないことだった。
「前の宿の持ち主は体を悪くしたから宿の経営を止めたらしいんだ。前の住人のことはそれくらいしか知らないねぇ」 「そうですか・・・ありがとうございました」 私たちは仕方なく、町の奥の宿屋を出る。もう外は暗かった。 10年前、ここはビアンカの父であるダンカンさんの宿だった。しかし今では、知らない人の宿になっている。聞いたとおり、引っ越してしまったようだ。 「せっかくビアンカに会えると思ったのに・・・残念だったね、」 「・・・うん・・・・・・」 「俺も残念だぜ・・・。お前たちの話からだと子供時代から美人だったみたいだしなぁ」 ヘンリーはがっくりと肩を落としている。やっぱり顔目当てかコイツは。
「まぁいいや。とりあえず今日は、ここに泊まろうか?」
「わー!」 やパパスお父さんと入ったお風呂、一緒に寝た部屋、みんなでご飯を食べた食堂、ぶどうの部屋。すべてが懐かしく感じる。私にとってはまだほんの少ししか経っていないように感じるけれど、本当はもう10年も経っているんだから不思議だ。そういえばお化け退治にも行ったなぁ。あの王様と王妃様、幸せにしてるかな。
「飯もうまかったし、結構いい宿じゃねーか。部屋もでかいしな!」 ニシシと笑うヘンリーは、なんともお気楽だ。
夜になり、私たちは寝ることにした。あいにく部屋の空きが少ないので、私もたちと同室になった。 みんながベッドに入ってから1時間は経っただろう。
「(・・・なんか寝れないな・・・)」 目が冴えてしまっているのか。疲れていたはずなのに、何故か眠れなかった。何だかそわそわする、そんな感じで心が落ち着かなかった。
「(・・・風に当たってこよ)」 私はベッドから立ち上がった。
「うっ・・・さむ〜っ・・・」 私はかつてビアンカにぶどうをもらおうとしていた、宿のベランダに来ていた。 夜の外は、すごく冷える。震えるほどではないが、少し肌寒い。
「・・・あ・・・・・・」 町の中央広場を見て、昔のことを思い出した。チロルが苛められていたのを、ビアンカたちで助けたんだよね。チロル・・・チロルは、元気にしてるのかな。もう全然会ってないよね。あの時、ゲマたちに外に追いやられちゃったんだもんなぁ。 「・・・会いたいよ」 チロル。ダンカンさん。ビアンカ。サンチョさん。ベラやポワンさん・・・。 「パパスお父さん・・・」 みんなに、逢いたい。どこで何しているんだろう? わかってる。あの日とはもう何もかもが変わってしまったことも。
「おい」 「!?」 後ろから声をかけられて、私はめちゃくちゃ吃驚した。 「な・・・なんだ、ヘンリーかぁ・・・」 「なんだとはなんだよ。・・・何してたんだ?」 「・・・ん、ちょっと昔のこと思い出してたの」 私は再びアルカパの全貌を見た。夜の町は静かだけど、寂しさはない。
「・・・・・・」 「ん?うわひゃ・・・!どうしたの!?」 「へっへっへ、こうすりゃ暖かいだろー?」 ヘンリーにいきなり後ろから抱き締められ、私は驚きすぎて心拍数が多分いきなり上がった。
「・・・俺さ。お前のことは諦めるよ」 「え・・・?」 「何か見込みないってわかったし。それに・・・気になる人ができたんだよなー」 「それって・・・マリアちゃん?」 「うぉっ」 どうやら図星だったようだ。耳元で聞こえていたヘンリーの声が聞こえなくなった。 「そっか、そうなんだ。・・・頑張ってね」 「はは、あんがとな。でもお前とが兄妹じゃないのには吃驚したなぁ」 ヘンリーは、私を抱き締めることをやめない。 「・・・ヘンリー、手・・・!!」 「ん?あぁ、・・・もうちょっとこのままでもいいだろ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」 「・・・間長っっ!・・・これでこういうの最後なんだから、いいじゃん」 ヘンリーの私を抱き締める力は、増すばかりで。少し悲しそうな声でそう言うヘンリーを、私は断れなかった。
「・・・・・・やっぱりそういう関係なのかなぁ」 2人の会話聞こえない。 自分はもう、とは何の関係も出来なくなってしまった。 はベランダへと出るドアから、二人の姿を覗いてなんとなくため息をついた。
あとがき 2009.11.25 UP |