素直になりたい
「んなっ・・・、何だよその微妙な数!もういい!」 バンッ、とゼシカの部屋のドアが勢いよく閉められる。それを見つめていたゼシカはため息をつき、呟いた。 「・・・なんであたしって、素直になれないのかしら・・・」
「全く・・・なんであんなこと言っちまったんだろうーなー・・・」 先ほどゼシカの部屋を出たククールも、ゼシカと同様全く同じことを考えていた。 「俺って昔から謝ることできねえんだよなぁ・・・。ゼシカと喧嘩すんのもそのせいなんだろうけど」 大きくため息をつき、ククールは歩きながら頭の後ろで手を組んだ。 外は雨。しとしとと降る雨は、人の心をも憂鬱にさせた。
喧嘩の発端は、数分前に遡る。
「なーなーゼシカー!」 「・・・何だ、ククールか。何よ?」 「何だって・・・なんでそんなガッカリしてんだよ」 「だってガッカリするんだもの。自分の気持ちに嘘はつけないって言うでしょ?」 2人の会話はいつもこんな感じだ。でもそれでこの2人の話は成り立っているので、別にキレたりはしない。
「あのさぁ、・・・ゼシカって好きな奴いんの?」 「はぁ?いきなり何を聞くかと思えば・・・」 ゼシカは腕を組んでククールの質問に返答したが、ククールはめげなかった。 「ちゃんと答えろよ。どうなの?」 「・・・そりゃ・・・」 ゼシカは頭の中で、一瞬兄、サーベルトの顔を思い浮かべた。しかし兄弟はもちろん、結婚など出来ない。ゼシカは頭を振って次に考えたのは、・・・ククールだった。
「えっまじ!?誰!?」 もちろん、自分だなんて思っていないククールは興味津々だった。 「そんなの、言える訳ないでしょ!?」 「えー、いいじゃん、俺たち仲間だろ?」 「仲間でも言えないことはあるの!女の子のならまだしも、あんた男じゃない!」 ゼシカはククールを睨みながらそう話す。
ククールもゼシカのことを気にはなっていた。だから余計に、ゼシカの思う人が気になる。 「何だよー。じゃあか?」 「は、はぁ!?何言ってんの!?違うわよ・・・」 なかなか気づいてくれないククールに、ゼシカは俯いた。 「じゃあヤンガス?」 「絶対ありえないわよ!というかヤンガスにはゲルダさんがいるでしょ!」 ゼシカは大きく首を振って否定した。ゼシカの好みはヤンガスのような男の中の男といった奴ではないのだ。
「・・・じゃあ、俺?」 「っ!!」 図星をつかれ、ゼシカは焦った。気づいてほしいと今まで思っていたのに、本心を突かれると焦ってしまっている自分がいる。額に冷や汗が浮かび、どう返答しようか迷っていた。 そして出た言葉が・・・。
「はぁ!?バッカじゃないの!?うぬぼれんのもいい加減にしなさいよね!」 ・・・また、素直になれなかった。 ゼシカは自分の心の中で後悔した。 「な、何だよー・・・。思いつかないから言っただけだろ?」 「何よ!だいたいねえ、あたしの好きな人をあんたに教えるほどあたしは軽い女じゃないわよ!わかったらもう出て行ってくれない!?」 「じゃあ、最後の質問だけど」 力強い瞳で見つめてくるククールに、ゼシカは一瞬鼓動が大きく跳ねた。
「・・・今、好きな人は、お前の部屋にいるか?」 ククールは勇気を振り絞って、聞いてみた。いつも素直になってくれないゼシカに優しく聞けば、ちゃんとした返事が返ってくるかもしれない。そう思っていた・・・が。
「バッカじゃないの!?もうあんたなんか大嫌い!さっさと出て行きなさいよ!一辺地獄に行きなさい!一辺どころじゃなくて、もう82回くらい行ってきなさい!」 「んなっ・・・、何だよその微妙な数!もういい!」 そう言って抑えていた怒りの気持ちをお互いに吐き出し、ククールはゼシカの部屋のドアを勢いよく閉めた。そしてお互いに後悔し、ため息をつきまくる。
今日は雨で旅を続けるのも困難なため、たち一行は宿に泊まることになった。宿の都合により、部屋はいつも、男3人と女2人の部屋で取っていたのに、今日はシングルばかり空いていたため1人一部屋ずつとなった。 ククールは次々と曇った空から振り続ける雨を窓から見つめながら、何回目かのため息をついた。
自分の部屋に戻ろうとすると、の泊まっている部屋の前を通りかかった。そうだ、部屋の順番は確か左からゼシカ、ひとつとばして、俺、また飛ばしてヤンガス、だった。何でこんな順番になってしまったのかはわからないが、ヤンガスが確かの隣の部屋を譲らないんだったっけ。 俺が部屋を選んだら、ゼシカは遠ざけるように1人だけ離れた部屋を選んだような気がした。たぶん俺の隣の部屋は嫌だったのかもしれない。 もうそこから嫌いという表現をされていたことに気づかなかった自分に、またため息をつく。
「はーい?誰ですかー?」 元気でほのぼのとした声が返ってくる。聞きなれた、優しい声。いつものツンツンしたゼシカの声と比べてしまった自分に、ククールは頭を振った。女を比べてしまうのは最低だと思ったのだ。 「・・・?俺だ、ククールだ。入るぞ?」 「ククール?うん、どうぞ」 入室の許可をもらったククールは、ドアノブをゆっくり回し押し出してみた。そして目の前に広がる光景は何ともおかしいものだった。
「・・・おま・・・何してんの?」 「え?何が?」 そこにはドレッサーの前に座り、カーラーを存分に髪に巻きつけた。そして顔には化粧が施してある。しかしそれは慣れているものではなかった。ファンデーションは塗りが雑だし、アイシャドウなんてまぶたからはみ出している。マスカラも睫毛がくっついて、アイラインも意味のわからないことになっている。もうそれは誰が見ても、オ○キューのようだった。 「お前、今めっちゃ気持ち悪いぞ」 「えええ!?やっぱり!?そっかー、これでに会いに行こうかなって思ってたんだけどなぁ・・・」 「それだけは絶対にやめろ。お前嫌われるぞ。っていうか引かれるぞ」 そんなにー?と首を傾げて、ドレッサーの鏡に目をやる。でもやっぱりおかしいと自分でも判断したのか、顔が泣きそうになっている。
「・・・何でまた化粧なんかしてんの?」 「えー・・・だって・・・やっぱりちょっとは綺麗になりたいもん。同じ歳くらいなのにゼシカはめっちゃくちゃ綺麗なんだよ?・・・。同じ女としては悩むんじゃうよ」 口を尖がらせてククールを見つめる。ククールは一瞬ゼシカという代名詞に肩をビクつかせ、ため息をついた。
「・・・何かあったの?」 「・・・えー・・・?んー・・・別に・・・」 そういうとククールはまたため息をつき、肩を落とす。 「もう、絶対何かあるでしょ!いっつもバカ元気なんだもん。私にはわかるよ?」 優しいの言葉に、ククールは一瞬泣きそうになってしまった。
「ねえ、ククール。私たち仲間だよね?隠し事とか私キライだし、話せることなら話して?相談のるから・・・」 本気で心配そうな顔で、俯いたククールの顔を覗き込んでくる。しかしそれはものすごく可愛い行動なのだが・・・今のの酷い顔からは可愛いのかの字も思い浮かんでこない。 「わーったわーった。話すから・・・まずその酷い化粧落としてくれ。普段の顔より可愛くなくなってるから」 「はいはいわかりましたよー。落とすから、ちゃんと話してよ?」 またまた口を尖がらせて、はドレッサーの前にある化粧落としのパックからコットンを引き抜いて、勢いよくメイクを落としている。カーラーを外すと、いつも真っ直ぐなの髪はほんの少しゆるやかにウェーブが掛かり、それは可愛かった。どうやら成功したみたいだ。
「・・・で、本題にうつるけど。何があったの?」 部屋のソファーに座るククールの横に、もちょこんと座る。 「・・・ゼシカと喧嘩した」 「え?そんなのいつもじゃない」 「あれは会話だよ、俺ら流の・・・。なんか今日は、ゼシカまじでキレてた」 喧嘩の内容を思い出したククールはまたため息をついて、俯いた。
「何か言ったの?女の子がキレそうなこととか・・・」 「・・・好きなヤツ聞いた」 「それだけ?しつこく聞いたりしなかった?」 「・・・した」 そういうと、はアチャーといった感じで、手のひらで額をたたいた。
「しつこく聞いちゃあ駄目だよククール。そういうのって女の子、困っちゃうんだから」 「・・・マジか・・・。なあ、どうやって仲直りできるかな・・・」 本気で悩んでいるククールに、は微笑んだ。 「そうだなー・・・2人とも素直じゃないからね。難しいかもね、仲直りは」 のその言葉に、ククールは何トンもの石が頭の上に落ちてきたような気分になった。
「ははは、うそだよククール。自分の思いを正直に伝えてみたらどうかな?」 「・・・自分の思い?ゼシカに対する?」 そう、とは笑った。 「好きだって言えばいいよ。ゼシカだってきっと同じ気持ちだと思うから、安心して!」 ククールが安心するような笑顔をずっとふりまくに、ククールは何だか少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
「そうか・・・わかった、ありがとな」 「いえいえどーいたしまして♪」 にこにことは頭を下げた。
「あのさー」 「ん?」 ソファーから立ち上がろうとするの腕を引っ張ったことで、は振り返った。 「のあぁひゃすぅ!?何してんのククール!?」 「いやお前のその奇声のほうがめっちゃくそ気になるけど・・・まあ、お礼ってことで、な?」 「意味わかんないよ!お礼にそんなこといらないよ!」 「なんだよ、せっかくカリスマククールくんがチューしてやったっていってんのに。口の方がよかったか?」 「違うよ!口とかもっといらないから!」 あたふたするが、ククールは可愛いと思った。しかも今のは、髪が微妙にふわふわしていて、いつもの数百倍かわいい。
「だからーククール!欧米な挨拶とか、本気いらないんだけど」 「ん?これは挨拶じゃないぞ」 「・・・え?」 ククールの胸らへんから、の問う声が聞こえる。ふんわり香るシャンプーの匂いに、ククールは微笑んだ。 「まあ、俺の気持ち?」 「・・・はああああああああああああああああああ!?何言っちゃってんですか!ゼシカがいるでしょ!」 あたふたと手を振る。離してほしいのだろう。しかし男の力には適わない。 「ちょうぅぅっと!何するんですかー離せー!」 「んー?気持ち伝えろっつったのだろ?」 「それはゼシカに!ゼシカにって意味だからね!」 ククールはを抱き上げ、ベッドに放り込んだ。 「ね、何するの?昼寝?」 「・・・ったく、お前は本当なんも分かってねえなー」 そう言っての上に乗っかろうとしたときだった。
「ー!この間借りてきた本返しに来たよ!・・・って・・・何してんの、ククール・・・?」 タイミング良く入ってきたは、をベッドに寝かせ今にも襲い掛かりそうなククールを睨みつけた。 「い、いや、これはだな。が風邪ひいてるから看病をと・・・」 「え?私風邪なんてひいてないよ?」 全く空気の読めていないがベッドから飛び上がりの近くへと駆け寄った。 「・・・、ククールに1発なんかかましてやれないかな?」 「え?いいよ?・・・メラゾーマ!!!」 「あんぎゃあああああああああああああああああああ!!!」 断末魔のようなものが聞こえ、ククールは床につっぷした。
翌日。 「ゼシ「ごめんなさい!」 ククールがゼシカに気持ちを伝えようとゼシカに話しかけると、ゼシカが突然頭を下げてきた。 「昨日はごめんね、私が悪かったわ」 「え?いや?俺のほうこそ・・・ごめん」 そんな感じであっさりと仲直りしてしまった2人。 あとがき 2009.04.01 UP |